気がつけばもう2月も終わろうかという・・・1年の1/6が経ってしまっているのですね 

いま、ある翻訳作業をしています。この翻訳、あるいは自分で文章を書く時のスタイルって、人によりますよね。

私はそもそもスタートが遅くて締切がリアルに感じ始められてスピードも「感性」もあがってくるのですが、早くから始めるタイプの人もいれば、毎日「これくらい進める」と目標を決めて進めて行くタイプの人もいるでしょう。 

翻訳だったら、まず全部を自分で読んでから進める人もいれば、訳しながら読むという人も。 
私はとにかく迷ってもあまり立ち止まらず、その代わり自分でも念入りにあとで検討すべき部分にはわかる印をつけたり文字の色を変えたりして、ざっと訳して迷った部分やうまく日本語にできていない部分を考えるタイプです。

文章を書くのでも、ある程度参考資料などを読んでメモを入力したり、まとまらない考えをそのままに書いておき、そのうちカタチになりそうになったら整えていくというスタイルです。変に小さくまとまる文章にはしたくないし、かといってまったくまとまらないのでは困る。自分の立てた仮説にうまくあてはまらなければ、つらつら並べた ものを何ページ分もごそっと削除したりもします。

でも削除しきっちゃうと、あとで「使えたのにー!」となるのがイヤなので、新規文書に「○○から捨てた部分」みたいなタイトルをつけて、そちらに「避難」させたりもしておきます。

最後に最初から最後まで論点がずれていないか、日本語としておかしくないか・・・などの確認をしてはい脱稿ということになりますが、しょっちゅう「あ・・・」と、何かしらの誤字脱字を見つけてしまうあたり、まだまだ ですね

この記事を書いている今は実はあまり意識していませんが、もう少しまじめな(?)内容を書くときには岩渕悦太郎氏の「悪文」という本を参考にしたりしています。いま、リンクを貼ろうと調べたら、昨年文庫版が出たようです。

 





すこし例が古いんじゃないかというレビューもありますが、「修飾の仕方」などの章はとても役に立つと思います。

翻訳も含めて「書く」ということは、技術と慣れがある程度必要ですが、常に「自分とは情報や考えを共有していない第三者がこれを読んで理解できるか/どう思うか」を意識していくことが大事ではないでしょうか。

ここまで書いて、「SNSでの”炎上”も、内輪でならウケると思ったことを不特定多数の人が見ることを忘れて投稿してしまって起きる場合があるなぁ」と、ふと思いました。 

「誰かを傷つけたり怒らせるつもりはまったくなかったのに」ということがないよう、気をつけたいですね。