ほんの数時間前ですが、SNSがフランス国旗に染まっている件についてのまとまらない考察というタイトルで投稿して、けっこうアクセスがありまして、ちょっと驚いています。

その後、直接感想や意見をいただいたり、他の人の投稿を読みながら、さらにつれづれに考えていました。

SNSで自分のプロフィール写真にフランス国旗をかぶせたりしていること自体、前記事にも書いたように、私はいいことだと思っています。ただそれを強制されたくはないし、アイコンを変えたりしないことが「気にかけていない」ことではないと思っています。

また、他の国でもテロで毎日大勢の方がなくなっているのにフランスだけ?という議論もちょっと違うのではないかと、書きました。

つい数日前に、何の前触れもなく、戦場ではなく生活している場所に、次々で武装した集団がやってきて数百人を攻撃したわけです。その恐怖たるやいかほどだったか。その気持ちによりそうという意思表示をすることに良いも悪いもないと思います。

いろいろな意見を見ていて、ふと思いました。 
何らかの形で意思表示をしたい人たちがそれだけ多いできごとだったんじゃないか。

アイコンを加工した人は、それ自体が意思表示。
アイコンを加工しない人は、しないなりに自分の思いを語りたい。
 
もしかしたら、戦場ではない国の首都であれだけのことが起きたことについて、そして今度も続くかもしれないということについて、多くの人が恐怖心を抱いたということなのかもしれないと、思うようになりました。

だから、語りたい。何かしたい。そうすることで、気持ちを落ち着けたい。自分の心は大丈夫と思いたい。

そんな人もいるのかもしれません。

2011年、東日本大震災が起きて最初に会った友人や仕事関係の人たちとまず話したことは「震災のときどこにいたか。その日どうしたか」でした。その日帰宅できたかとか、どうやって家族など大事な人たちと安否を確認したか。電車が動かなくていかに大変だったこと。被災地域に関係はあるか(その地域出身とか親戚がいるとか、行ったことがあるとか)などについても話したと思います。

とにかく感情的に高ぶっていて、しばらく私はそんな状態だったと思います。それは、自分なりに大きな揺れを経験して怖い思いをして、信じられないような津波が日本を襲って・・・というなかで、とにかく話したりネットで情報を取ったりして「正気を保っていた」気がします。 

今回の同時多発テロは、全容がまだわかりません。COP21の会議を前に警備を強化していたなかで起きていますし、まだ続くのではないか。そんな思いを持って日常生活を送るのは精神的に本当にキツいと思います。

亡くなった方のご冥福。ケガをされた方々の一日も早いご回復。テロを経験された方々の心の傷が少しでも癒えること。パリだけでなく、世界中でのテロや戦争の被害者がこれ以上出ないこと。フランス国内を始めとして、移民や難民、ムスリムの方々へ憎悪の矛先がむかないこと。。。

そんなことを祈る週末になってしまいました。

ちょうど2ヶ月前に訪れたパリの開放的な雰囲気が、一日も早くパリに戻りますように。